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当事務所では、就業規則のチェックに生成AIをどこまで使えるのか、実際の規程を使って検証を進めています。
チャットに就業規則を貼り付けて「問題点を指摘して」と聞くのではなく、ClaudeのProject機能(資料と指示をまとめて保存し、同じ条件で繰り返し使える機能)を使い、事務所として一定の方法で繰り返しチェックできる仕組みを作っています。Projectの設計を考える段階では、ChatGPTも検討相手として使いました。
最初に考えたのは、AIにどの資料を持たせれば精度が上がるかでした。厚生労働省のモデル就業規則、東京都の労働法の解説、育児・介護休業法の資料、労働時間や割増賃金に関する資料など、信頼性の高い資料をProjectに入れました。
今回の検証では、法令上必要な規定の不足や、条文同士の明らかな矛盾については、生成AIでも相当程度拾うことができました。しかし実際の規程を何度もチェックさせるうちに、法令を知っていることと、実務で役に立つレビューができることは別だと分かってきました。
自分たちが就業規則をチェックするときに何を見ているかを整理すると、法令違反や法定記載事項だけではありませんでした。たとえば、無期転換した社員にどの規程が適用され、定年の規定を適用できるのか。私傷病による欠勤から休職、復職、再休職、休職期間満了までの規定が一貫しているか。試用期間の延長と本採用拒否の規定がつながっているか。服務規律、懲戒事由、懲戒処分、解雇の規定が整合しているか。雇用区分ごとに、規程の適用漏れがないか。 こうした点は、モデル就業規則と比べたり、法律の条文を検索したりするだけでは拾えません。必要なのは、法律上正しいかを確かめる知識に加えて、何を疑い、どの条文とどの条文をつないで読むかという、レビューの方法そのものでした。
ある会社の規程をチェックさせた際には、41項目の指摘候補が出ました。網羅性という意味では優秀です。
しかし中には、実際には該当する社員がいない雇用区分について、その規程がないことを重要度の高い法的問題として指摘したものがありました。規程上具体的な問題が見つかっていないのに、制服への着替え時間、研修時間、非正規社員との待遇差などを次々に確認事項として挙げることもありました。
一般論として検討する意味はあります。ただ、就業規則のレビューで必要なのは、考えられる論点をすべて並べることではなく、その会社で実際に対応が必要なものを選び出すことです。
就業規則のすべての条文を、同じ深さで見るわけではありません。当事務所では、労働時間制度、賃金計算、休日・休暇、懲戒など、問題が生じた場合の影響が大きい部分を重点的に確認しています。特に労働時間や賃金は、運用を誤ると未払い残業代につながり、労働基準監督署の調査でも確認されやすい部分です。
試用期間の延長や配置転換の根拠なども重要ですが、多くの就業規則には元から一定の規定があり、毎回同じ深さで掘り下げる必要はありません。AIは放っておくと、細かな論点にも同じ熱量で反応します。どこを重点的に見るかという濃淡も、チェックのノウハウの一つです。
たとえば、病気などで休んだ日を、後から年次有給休暇に振り替える規定です。年休は本来、事前に請求して取得するもので、欠勤した後に振り替えを認めるかどうかは会社の判断に委ねられています。振り替えを認める規定を置くこと自体に、問題はありません。
ただ、規程に「欠勤した日は年次有給休暇に振り替えることができる」と、社員の権利のように書いてしまうと、会社は振り替えを断れなくなります。当事務所では、「会社が認めたときは」と一言加えることを勧めています。病気のときなどは柔軟に認めつつ、会社の判断の余地も残せるからです。
こうした違いは、法令やモデル就業規則を確認するだけではなかなか出てきません。書き方一つで、実際の運用が大きく変わります。
実際のチェックでは、次のようなことも考えています。
•過去にどのようなトラブルが起きたか
•労働基準監督署の調査などで確認されやすい点は何か
•最高裁の判例だけでなく、高裁など下級審の裁判例がどのような流れにあるか
•一般的な企業ではどのような運用をしているか
•その会社で本当に運用できる規定か
法的に可能かどうかだけでなく、労使双方への影響や実際の運用も踏まえ、その会社で適切に運用できる規定かを見る必要があります。
当事務所では、AIを使い始める前から、就業規則を確認するためのExcelのチェックリストを蓄積していました。そこには法律上の必須事項だけでなく、過去のチェックで問題になった事項、実務上トラブルになりやすい事項、法律上可能でも勧めていない取扱い、行政対応の経験から確認している事項、規定しても運用しにくい内容などが含まれています。
AIで就業規則をチェックするようになって、この蓄積が想像以上に重要だったと気付きました。
一方で、長年使ってきたチェックリストにも課題がありました。法令上必要なもの、行政解釈、実務上推奨しているもの、経験から確認しているものが混在しており、「必要」「必須」と書かれていても、改めて調べると法律上の義務ではない項目もあったのです。実際、AIから、チェックリストの項目について「法的根拠を確認できない」と指摘されたこともあります。 そこで現在は、公的資料は「法的にどう判断するかの根拠」、事務所のチェックリストは「どこを疑うかの視点」と、役割を分けています。AIを導入したことで、これまでのチェックリストそのものを見直すことにもなりました。
現在のProjectでは、資料を保存するだけでなく、チェックの方法そのものを指示しています。モデル就業規則と違うだけで問題としない、事務所のチェックリストを法律上の正解として扱わない、規程に書いていない会社の事情を推測しない、法的な問題と実務上のリスクを区別する、関連する条文を横断して確認する、といった内容です。「何を知っているか」と「その知識でどうレビューするか」を、分けて持たせる形にしました。
賃金・労働時間のProjectで実際の賃金規程をチェックさせた際、AIは多くの指摘を挙げた一方で、こちらが重点的に確認したかった日割計算の規定は十分に検証していませんでした。確認したかったのは、中途入社・退職、休職・復職、欠勤控除、フレックスタイム制などを組み合わせたときに、実際の給与計算が成り立つかどうかです。
そこで該当の条文を重点的に再確認させると、今度は規程に書かれていない計算方法をAI自身が補い、その前提で「結果は同じになる」と評価しました。この経験から、規程に何と書いてあるかという事実の確認と、それをどう評価するかを分ける必要があると分かりました。現在は「事実の確認 → 法的・実務的な評価 → 最終的な指摘」の順番でレビューさせています。
個別の会社をチェックする際は、社名などを削除したうえで、業種、従業員数、実際にある雇用区分、勤務制度、別規程の有無、改訂の目的、改訂前の規程と今回変更した部分を与えます。該当者のいない雇用区分について延々と検討するような結果を減らすためです。 反対に、「判断できないことはすべて質問する」と指示すると、今度は質問が大量に出ます。そこで、レビュー結果を大きく左右する基本情報だけを先に確認し、それ以外は具体的な条文上の問題が見つかった場合に限って確認事項として出させています。AIには広く検討させても、最終的に人が見る指摘は絞る、という考え方です。
Projectは「就業規則・労務一般」「賃金・労働時間」「育児・介護」の3つに分けています。一つにまとめると参照する資料や確認の観点が多くなりすぎ、逆に年休や割増賃金などの論点ごとに細かく分けると、条文を横断して確認しにくくなるためです。
海外赴任規程や社宅規程など、会社によって必要性や内容が大きく異なる規程まで、すべて専用のProjectにしているわけではありません。繰り返しレビューする主要な分野を共通化し、それ以外は必要に応じて個別に確認する形にしています。
最近は、会社が生成AIを使って就業規則を大幅に見直し、その完成版のチェックをご依頼いただくこともあります。しかし完成した規程だけでは、会社が実態に合わせて直した箇所、今後の取扱いを変える意思で直した箇所、AIの質問に会社が方針を示して直した箇所、AIが条文間の矛盾を理由に直した箇所、AIが推測で変えた箇所を区別できません。区別できなければ、専門家としても何を判断すればよいかが分かりません。
今回の検証や実際のご依頼では、AIの修正案を順に採用していくと、規程がより具体的に、より網羅的になる傾向が見られました。行政が「望ましい」としている内容までそのまま規定に取り込み、法律が求める水準を上回る規程になることもあります。会社がそれを守れなければ、規程と運用がずれ、かえってリスクになります。
懲戒規定も同じです。懲戒処分をするには、その種類と事由を就業規則に定めておく必要があります。たとえば「横領した場合は懲戒解雇とする」のように細かく限定して書くと、横領未遂や類似の不正をどう扱うのかなど、規定した事由と実際の行為との関係がかえって分かりにくくなることがあります。一方で、包括的な規定だけでは、従業員にとって何が懲戒の対象になるのか分かりにくくなります。どこまで具体化し、どこに包括性を残すかのバランスが必要です。なお、実際に懲戒処分を行う際には、規定があることに加えて、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が求められます(労働契約法15条)。
そのため当事務所では、AIで就業規則を見直す場合でも、AIに全体を修正させて最後に確認するのではなく、修正候補をExcelなどで一覧にし、会社の方針を確認しながら一つずつ検討する方が安全だと考えています。変更の理由が残っていれば、専門家が確認する際にも、何を判断すべきかが分かります。
法令や行政資料を読み込ませれば、一定の適法性チェックはできました。しかしそれだけでは、当事務所が普段行っている就業規則のレビューにはなりませんでした。
必要だったのは、どこを疑うのか、どこを重点的に見るのか、法律上可能でも勧めないものは何か、どこまで細かく規定するのか、何を会社に確認するのか、どの程度の問題を最終的な指摘として残すのか、という、これまでのチェックで積み上げてきた判断の視点でした。
これまで担当者の経験やExcelのチェックリストとして蓄積していたものをAIに使わせるには、「なぜこの項目を見るのか」「法律上の義務なのか、実務上勧めているだけなのか」「どの程度なら会社に指摘するのか」を一つずつ言葉にする必要がありました。
就業規則のチェックにAIを導入して最も大きかったのは、AIそのものではなく、事務所に蓄積していたノウハウを整理し、再利用できる形にし始めたことでした。
現在も、AIが細部に寄りすぎたり、重要な論点を掘り下げなかったりすることがあり、そのたびに実際の規程で検証しながら指示を修正しています。AIだけで就業規則を完成させるのではなく、社労士が判断するためのチェックの幅と精度を高める道具として使う。現時点では、それが最も実務に合った使い方だと考えています。
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就業規則の新規作成や見直し、生成AIで修正した規程の確認のご相談も承っています。顧問契約のない会社からのご依頼は「スポット支援業務」、継続的なご相談は「労務顧問」をご覧ください。
就業規則の新規作成や見直し、生成AIで修正した規程の確認のご相談も承っています。顧問契約のない会社からのご依頼は「スポット支援業務」、継続的なご相談は「労務顧問」をご覧ください。
※本記事は2026年5月時点の取り組みです。
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