就業規則・社内制度
2026.09.20
パワハラか、業務上必要な指導か――実際の相談から考える
実際の相談は、白黒がつかないものばかり
■「パワハラだ」「謝ってほしい」

当事務所が受けるハラスメントの相談で、最も多いのはパワハラです。

仕事上必要な指導をしたところ「パワハラだ」と言われた。本人ではなく親から「うちの子がハラスメントを受けた。謝罪してほしい」と連絡が来た。中途入社した社員から「先輩に仕事のやり方を笑われて辞めることになった。補償してほしい」と求められた。セクハラの申告を受けて調べたところ、当事者間にそれまで会社が把握していなかった交際関係があった。会社の説明の誤りをきっかけに、部下が上司との話し合いを拒み、上司を飛ばして本社に連絡を続けて、上司の方が追い詰められた。パワハラとセクハラが重なっていて、どちらとして扱うべきか判断が難しい。

最近では、カスタマーハラスメント対策の義務化が近づく中で、正当な苦情に対して従業員が「それはカスハラなので通報します」と反応してしまう、という相談もあります。

これらは、当事務所が実際に受けた相談をもとにしています。会社や当事者が特定されないよう、状況は変えて紹介しています。

■「不快だった」だけでは、ハラスメントにはならない

「不快だった」だけでパワハラになるなら、上司は何も注意できません。逆に「指導のつもりだった」で通るなら、何でも許されてしまいます。法律の線は、その間に引かれています。

職場のパワハラは、優越的な関係を背景にした言動であること、業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、就業環境が害されること、の3つがそろったものです。しかも厚生労働省の指針では、就業環境が害されたかどうかは、言われた本人の感じ方ではなく、平均的な労働者がどう感じるかを基準に判断するとされています。

問われるのは、その指導が必要だったか、そしてやり方が必要な範囲に収まっていたか、の二つです。

正しい指導でも、やり方を間違えれば疑われる
■注意する必要があったか

遅刻を繰り返す、ミスを報告しない、顧客に迷惑をかけた。こうした問題があれば、会社が注意するのは当然です。厚生労働省の指針も、重大な問題行動をした社員に一定程度強く注意することは、パワハラに当たらない例として挙げています。

■正しい指導でも、1時間続ければパワハラを疑われる

注意する必要があったとしても、やり方が必要な範囲を超えれば話は別です。たとえば、上司が同じミスを繰り返す部下を会議室に呼び、静かな口調のまま、1時間以上にわたって注意を続けたケースです。

後にパワハラの申告があり、会社が周囲への聞き取りを含めて調べたところ、注意の内容そのものは正当で、パワハラとまでは認められませんでした。ただ、会議室の声は廊下まで聞こえており、途中には「やる気がないなら、もういいよ」といった、言わなくてもよい言葉もありました。上司は「怒鳴っていないから大丈夫」と思っていましたが、指針は、必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返すことを、パワハラに当たり得る例として挙げています。

当事務所では、指導のための面談は30分程度を目安にし、話が周りに聞こえない場所で行い、感情的な言葉は使わないよう勧めています。正しい指導ほど、短く、何度かに分けて伝える方が届きます。

見られるのは声の大きさではありません。人前で叱ったのか、別室で長時間続けたのか、同じことを何度も蒸し返したのか、人格を否定する言葉が入っていたのか。言い方、場所、時間、頻度を合わせて判断されます。

■命令が正しくても、言い方で揉める

繁忙期の休日出勤を指示された社員が「その日は予定があります」と断り、上司が「会社の命令だから断れない」と返したことで、職場の空気が一気に悪くなったケースもあります。就業規則と36協定には休日出勤の根拠があり、指示そのものは正当でした。それでも「断れない」という言い方は、相手には命令というより威圧に聞こえます。

結局、会社が根拠となる規定を示して説明し直し、上司も言い方については詫びたことで収まりました。あわせて、休日出勤を頼むときの伝え方と、根拠となるルールを社内で改めて周知しています。命令の正しさと、伝え方の正しさは別物です。

■「パワハラと言われるかもしれない」は、指導をやめる理由にならない

パワハラという言葉が、注意を受け入れない理由として使われることもあります。しかし、「パワハラと言われるのが怖いから注意しない」は、問題を先送りしているだけです。必要な指導まで避けてしまえば、周囲の社員の負担が増え、職場全体の問題になります。

大切なのは、指導をやめることではなく、何を、いつ、どのように注意したかを、メールや面談記録などで残しておくことです。記録があれば、後から「パワハラだ」と言われても、事実で説明できます。

申告を、そのまま事実にしない
■申告を受けた時点では、まだ何も決まっていない

特にセクハラの申告を受けると、会社は深刻に受け止めるあまり、確認をしないまま行為者とされた社員に「そんなことをしたんですね」「懲戒もあり得ます」と切り出してしまうことがあります。気持ちは分かりますが、最初から結論ありきだと受け取られれば、申告された側から本当のことを聞くのは難しくなります。

申告は、調査の入口にすぎません。厚生労働省の指針も、相談者と行為者とされた社員の双方から話を聞き、主張が食い違う場合は第三者からも事情を聞くよう求めています。申告者を疑うための調査でも、行為者を守るための調査でもなく、会社として事実を確かめるための調査です。

■周囲に聞いて初めて分かる事情がある

セクハラの申告を受けて第三者に話を聞いていくと、当事者同士がそれまで交際していたことが分かり、交際が終わった後に申告がなされていた、というケースがありました。最初の申告だけでは、まったく見えなかった事情です。

もちろん、交際していたからセクハラではない、とは言えません。関係が終わった後も相手が拒んでいるのに性的な言動を続ければ、問題になります。一方で、背景を確認しないまま申告内容だけで処分を決めていれば、判断に必要な事情を欠いたまま結論を出すことになります。申告の背景、実際にあった行為、その行為の評価は、分けて確認する必要があります。

■「ハラスメントとは認定しない」と「何もなかった」は違う

調査の結果は、全部事実だった、全部事実ではなかった、ときれいに分かれるとは限りません。一部の言動は確認できたものの、前後の事情を含めて検討した結果、会社としてハラスメントとは認定しない、という結論になることもあります。

その場合でも、言い方や距離感に改善すべき点があれば、別途注意します。申告者には調査したことと会社の判断を伝えますが、誰が何を証言したか、行為者とされた社員にどう対応したかまで開示するわけではありません。双方のプライバシーを守ることも、会社に求められています。

■認定しなくても、詫びるべき点は詫びる

中途入社した社員が、先輩から仕事のやり方を何度も笑われたと感じて退職し、先輩の処分と会社からの補償を強く求めたケースがありました。聞き取りの結果、先輩にハラスメントの意図は認められませんでしたが、新しく入った人への配慮を欠いた言動があったことは事実でした。

会社は先輩を注意・指導し、新人を受け入れる体制が足りなかった点は会社として詫びました。一方で、法的な賠償責任を負うほどの行為は認められないため、金銭の補償には応じられないことを、理由とともに伝えています。認めるべきところは認め、応じられないところははっきり断る。この二つを混ぜないことが大切です。

申告された側や上司を、置き去りにしない
■申告された側への対応も、一歩間違えば会社の問題になる

複数の部下から「このままでは何人も辞めてしまう」と、ある上司の言動について訴えがあったケースもありました。ここで、きちんと調べないまま「パワハラをしたから」と異動を命じれば、今度は上司の側から、決めつけによる不当な処分だと争われるおそれがあります。

このときは、調査が終わるまでの間、懲戒や評価のための異動ではなく、双方の負担を減らすための一時的な配置変更であることを書面で伝え、本人の事情にも配慮しました。申告された側も、会社が守るべき社員の一人です。

■上司の落ち度と、部下の問題行動は切り分ける

ハラスメントは、上から下とは限りません。部下1人の言動がパワハラに当たるかは場合によりますが、部下が上司を追い詰めれば、職場の秩序の問題であることに変わりはありません。

実際にあったのが、会社側の勤務条件の説明に誤りがあったことをきっかけにしたケースです。会社は誤りを認めて謝り、規程どおりに正しく直しました。それでも部下は納得せず、上司との話し合いを拒み、上司を飛ばして本社に厳しい連絡を繰り返しました。「弁護士にも相談している」と言われ続けた上司は、精神的に追い詰められていきました。

会社に落ち度があると、強く出られなくなるのが普通です。ただ、直すべきものを直した後まで、上司が責められ続ける理由はありません。

また、遅刻を注意された社員が、上司自身の勤務中の私用を持ち出して、指示に従わなくなるといったこともあります。この場合も、上司の問題は上司への注意として、社員の勤怠や指示違反は弁明の機会を与えたうえでの指導として、別々に対処します。どちらかの落ち度で、もう一方の問題が帳消しになるわけではありません。

親や外部機関が出てきても、会社がやることは変わらない
■親から「謝罪してほしい」と連絡が来たら

社員本人ではなく親から、「うちの子がハラスメントを受けた。会社として謝罪してほしい。上司を処分してほしい」と連絡が来ることがあります。家族から強い調子で言われれば、会社が萎縮するのも無理はありません。人事の方からは、親からの連絡に限らず、口コミサイトに書かれるのが怖い、「労基署に行く」と言われると後々面倒だから、早く謝って終わらせたい、という相談も多く受けます。

ただ、「早く謝って終わらせたい」は、たいてい終わりません。要求が強いことや外部に知られる不安と、ハラスメントがあったかどうかは別の話です。事実を確かめないまま謝罪すれば、会社がハラスメントを認めたと受け取られ、かえって後の対応が難しくなります。

成人した社員であれば、まず本人から事実と意向を確認し、必要に応じて行為者とされた社員や周囲からも話を聞きます。親から言われたことだけを理由に、謝罪や処分を約束してはいけません。

■謝罪は解決の方法であって、事実確認の代わりではない

事実が確認され、行為者本人も不適切だった点を理解していて、申告者が「処分までは求めない。直接謝ってもらえればいい」と望んでいるなら、謝罪で解決することはあり得ます。厚生労働省の指針でも、事実が確認された場合の被害者への配慮の例として、行為者の謝罪が挙げられています。

しかし、事実が確定していないのに「相手が謝ってほしいと言っているから、とにかく謝って」と会社が迫るのは別です。申告者への配慮のつもりでも、行為者とされた社員に過度な圧力をかければ、今度は会社の対応そのものが問題になります。

■外部機関を通じた要求にも、事実で答える

調査の結果、パワハラとは認定しなかった事案で、退職した元社員から外部の機関を通じて、聞き取りの記録や証拠の開示と、解決金の支払いを求められることもあります。この場合、関係者のプライバシーを守るため調査の記録は外部に開示しないこと、ハラスメントを認定していない以上、解決金には応じないことを伝えるのが基本になります。

ただし、開示しないことと、記録を残さないことは違います。後に裁判所の手続きに進んでも説明できるよう、聞き取りの経過や記録はきちんと保管しておきます。強い要求には、気持ちではなく、確認した事実で答える。親からの連絡でも、外部の機関を通じた要求でも同じです。

善意や制度が、かえって問題になるとき
■善意でも、本人に聞かずに決めればアウト

悪意ではなく、配慮のつもりで問題になるケースもあります。たとえば、妊娠した社員について「身体に負担をかけない方がいいだろう」と考え、本人が希望していないのに、責任の軽い簡単な業務へ一方的に変えるケースです。

労働基準法では、妊娠中の女性が請求した場合、会社は他の軽易な業務に転換させなければなりません。これは本人の請求に応じる仕組みであって、会社の判断だけで仕事を軽くしてよいという制度ではありません。本人の意に反して役割や責任を外せば、評価や処遇に影響し、男女雇用機会均等法が禁じる妊娠を理由とする不利益な取扱いに当たるおそれがあります。

なお、妊娠・出産等に関するハラスメントと、妊娠等を理由とする不利益取扱いは、法律上は別の問題です。前者は上司や同僚の言動によって就業環境が害されること、後者は会社が降格や配置転換などの不利益な取扱いをすることで、ここで挙げた一方的な業務の変更は主に後者の問題になります。最高裁も、軽易な業務への転換をきっかけに役職を外した措置について、本人の自由な意思に基づく同意などがない限り、原則として違法と判断しています。

もちろん、妊娠中の社員を就かせてはいけない危険有害業務などは別です。「本人のため」という善意だけで決めず、本人の希望、医師の指導、実際の仕事内容を確認したうえで対応する必要があります。

■10月1日から、すべての事業主の義務に

改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、カスタマーハラスメントを防止するための雇用管理上の措置が、すべての事業主に義務付けられます。顧客等の言動のうち、社会通念上許容される範囲を超え、従業員の就業環境を害するものがカスハラです。暴言や脅迫、過大な要求から従業員を守るのは当然の責任です。

■「それはカスハラです」で、苦情は消えない

一方で、制度を知った従業員が、少し強めに苦情を言われただけで「それはカスハラです」「通報します」と応じてしまうことがあります。顧客からの苦情や要求に理由があり、その内容や伝え方も社会通念上許容される範囲であれば、カスハラではなく、通常の苦情として対応すべきものです。

ここでも見るべきなのは、パワハラと同じく、要求の内容と、言い方や時間、頻度です。カスハラ対策を進めるなら、従業員を守る方針と同時に、どの段階で上司に引き継ぐのか、何をされたら対応を終えてよいのかを、会社として決めて伝えておく必要があります。

判断の軸は、言葉ではなく事実
■申告を軽く扱わず、申告だけで決めない

パワハラ、セクハラ、カスハラと名前は違っても、会社がまず行うことは同じです。何があったのか、業務上の必要性はあったのか、どのような言動・態様だったのかを、双方の説明や客観的な資料から確認します。そのうえで、ハラスメントに当たるか、該当しなくても改善すべき点があるか、どのように解決するかを考えます。

申告を軽く扱わない。しかし、申告があっただけで相手を加害者にしない。必要な指導はやめない。しかし、「指導だから」で何でも正当化しない。この両方を守ることが、会社のハラスメント対応の基本です。

■実際の相談をもとに、ハラスメント防止テストを作りました

「暴言はだめ」「性的な発言はだめ」といった分かりやすい禁止事項だけでは、実際の職場で判断に迷う場面には対応できません。そこで当事務所では、実際の相談で出てくるような、判断に迷う事例を考えてもらうハラスメント防止テストを作りました。従業員がブラウザ上で受験し、会社側で受験状況や結果を確認できます。導入をご希望の場合は、お問い合わせからご連絡ください。

ハラスメントの申告があったときの進め方や、社内のルールづくりのご相談も承っています。継続的なご相談は「労務顧問」、顧問契約のない会社からのご依頼は「スポット支援業務」をご覧ください。

※本記事は2026年9月時点の法令・厚生労働省の指針と、当事務所の実務上の経験をもとに整理したものです。個別の事案は、具体的な事実関係によって判断が異なります。

田治米 洋平
特定社会保険労務士 (全国社会保険労務士会連合会 登録番号13060418)
1980年大阪生まれ。同志社大学卒業。IT企業勤務を経て、2006年たじめ労働法務事務所を創業。2013年青山学院大学大学院修了。「ゲーム開発企業における専門業務型裁量労働制の法的問題と実務的課題」優秀賞受賞。2017年、社会保険労務士法人たじめ事務所へ組織変更、代表社員就任。
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